

看護部長
武村 雪絵
たけむら ゆきえ
人々の命と健康を守るために、東大病院は160年以上前から新しい医療を開拓し、人々に届けること、次世代の医療人を育成することを使命としてきました。その精神は、患者さんに向き合い、その人の持つ「生命力を引き出す看護」にも受け継がれています。「みて、触れて、考える」ことのできる、人間力豊かな看護師を育てる教育体制を整えています。
人々を救うために新しい医療を切り拓いてきたスピリットを受け継いで
東京大学医学部附属病院看護部の理念は「患者に最適な看護を提供します」「優れた専門職業人を育成します」「医学と看護の発展を目指します」という三本柱です。この理念についてお話するときに、私がいつも触れているのが、東京大学の歴史です。東京大学の源流は、江戸時代に設立された「神田お玉ケ池種痘所」まで遡ります。天然痘から人々を救うために、種痘という新しい医療を提供し、その手技を教えるために医学校ができたことが、今の東大病院と東京大学につながっています。新しい医療を切り拓くと同時に、同じ志をもつ次世代の医療人を育成するそのスピリットを、大切に継承していきたいと思っています。
「看護実践」「教育」「研究」の三本柱のもとに、私たちは「みて、触れて、考え」「生命力を引き出す看護」を目指しています。患者さんの生命力を引き出すことができるのが、看護の持つ素晴らしい力です。医学的な理解に加えて、生活面やその方がどう生きていきたいかという希望を知って、そこに向かって一緒に考えていける、人々の幸せや暮らしに深く関わる仕事です。
人の生命力というのは、計り知れない可能性に満ちたものだとつねづね感じます。身体が内に秘めた力や、その人と家族や社会とのつながりが持つ力はとても大きく、それらの力を引き出すことで、回復していく患者さんを何度も目の当たりにしてきました。そのような場において看護師は、自分の知識や感性を総動員して、患者さんの身体や心や周囲との関係性、日々の生活や人生にも思いを巡らせ、その人が本来持つ力を引き出していく、とても重要な役割を担っています。
安心して一歩一歩成長できる「東大式新人受け入れ体制」
当院の看護師一人ひとりが、そうした役割をしっかり果たせるように、看護部では全力でサポートしています。一つは、教育面においてです。自大学での看護師養成が毎年5名前後と少ないため、東大病院は全国のさまざまな養成校から新人看護師を迎えます。ゼロから一つ一つ自分のペースで学び、それぞれが理想とする看護師像に近づけるよう、体系的かつ柔軟で豊富な教育プログラムを用意しています。キャリアラダーはその中核となるプログラムです。
また、「東大式新人受け入れ体制」は、指導係だけが新人看護師を育てるのではなく、プリセプター、エルダーを中心に、各部署のスタッフ、看護師長・副看護師長、教育委員、そして専任の教育担当やリエゾンナース、看護管理室、すべてが連携して教育的環境を整え、新人を支えます。その中で新人は安心して育つことができます。
もう一つが看護方式です。看護師が安心して働きながら、看護の力を育む仕組みを作りました。グループ制で1年を通じてともに学び、互いの目標達成に協力し合うことに並行して、日々の看護はその日のペアの看護師と相談しながら仕事をすることができます。「一人じゃないよ」といつも言っているのは、教育体制も看護方式も含めてのことです。
そして、看護部だけでなく、医師を含めた病院全体で新人看護師を育てようという意識が、昔から根付いています。私自身、当院での新人時代に、そんな風土の中で支えられて育ちました。時に失敗しても、足りなかった知識や技術面についてはもちろん、心理的にもフォローしてくれた先輩看護師や医師たちのやさしさは今でも忘れられません。
人として、幸せってなんだろうと立ち返って見えてくるもの


人が成長し力を発揮することを支援したいという気持ちもあって、私はこれまで臨床以外にも、大学教員や看護管理に関する研究にも携わってきました。その経験の中でも、素晴らしい看護師の方々にたくさん出会ってきました。共通しているのは、看護の大切な芯の部分は失わずに、臨機応変さを持ち、しなやかに看護をしているところです。限界を自分で決めてしまわないで、看護の力を、看護師自身が信じることの大切さを教えてもらいました。
これ以上治療は難しいという患者さんはいるかもしれませんが、看護ができない患者さんはいません。患者さんの持つ、私たちに想像できないくらいの可能性を引き出すことで、患者さんの回復や幸せに役に立てたという喜びを味わってほしいと思います。
そういう意味においても、幸せってなんだろうというところに立ち返ることはとても大切だと思っています。そうすると、臨床で今何をすべきか迷った時に、選択肢が増えてくるからです。もっと人の暮らしや社会というものに触れていくと、選択肢はさらに広がるでしょう。今、人間力豊かな看護師を育てるために、大学と協力して病院の看護師が地域に触れられる体制も整えているところです。保健センターや官庁への出向も取り入れていますが、医療を別の角度からみつめ直し、人々の健康や幸せを支えるために看護ができることを考える機会になると思っています。
患者さんのために、そして、看護師自身の健康や幸せのために、現場の看護師の声を大切にして、新しい仕組みや技術を柔軟に取り入れて、新しい挑戦を続けたいと思います。
一人ひとりの感性を大切に、個性を発揮できる場として、新人を迎え入れたいと思っています。あなたのその個性だからこそ、感じ取れることは必ずあります。その感じ取ったことを声にして、一緒によりよい看護をつくっていきましょう。



武村 雪絵
たけむら ゆきえ
東京大学医学部附属病院
看護部長・病院長補佐
兵庫県出身。理科が好きで、理科の高校教諭になろうと東京大学理科2類に入学。教養学部で保健学に出会い、人の健康を総合的に学ぶことができる医学部保健学科に進学。保健学科で看護の奥深さに魅了され、看護師・保健師資格を取得。
卒業後は、東京大学医学部附属病院(第一外科・脳神経外科病棟)、虎の門病院分院(脳神経外科・神経内科・消化器内科混合病棟)で看護師として勤務。
1998年、東京大学大学院医学系研究科看護管理学分野の修士課程に進学し、博士課程を経て、同分野助手に就任。「患者を知ることを中心とした看護過程」、「しなやかさをもたらす看護師のキャリア発達過程」、「患者・看護師の実感を利用した看護の質評価」などの研究を行う。
2006年、東京大学医学部附属病院に副看護部長として異動。教育担当として、看護師300名採用に向けた教育体制の構築に従事し、その後人事担当として看護管理者のコンピテンシー評価表の開発・導入などに携わる。
2011年に東京大学医科学研究所附属病院看護部長として異動し、翌2012年12月副病院長を兼務。同年、認定看護管理者取得。
2015年に東京大学大学院医学系研究科看護管理学分野准教授に着任し、組織の効果的な運営・発展に資するための研究や看護職の職場環境・キャリアパスに関する研究に従事。2016年より東京都の看護職員定着促進支援事業に協力。
2022年から現職。
